名称大中寺
住所栃木県栃木市大平町西山田252
タイプ
参考リンク

ご利益

  • 以下、大中寺七不思議。
  • 「根無しの藤」。本堂左裏手の歴代住職墓地に生える。人食い鬼坊主の墓標。
  • 「油坂」。盗みを働いた学僧が逃走中に石段から転げ落ち死亡。通ると良くないことが起こる。
  • 「枕返しの間」。本尊に足を向けて眠ると、翌朝、頭が本尊を向いている。
  • 「不断の竃(かまど)」。ある学僧が竃の中で居眠中、寺男が知らずに火をつけ学僧焼死。以来、火を絶やさなくなった。
  • 「馬首の井戸」。佐竹太郎が戦に破れ寺に逃げ込んだが、匿ってもらえず、愛馬の首を井戸に投げ込み自らも切腹。井戸から馬のいななきが聞こえる。
  • 「不開の雪隠」。佐竹太郎の奥方が雪隠で自害。奥方の生首が出る。
  • 「東山の一口拍子木」。東の山で拍子木の音が聞こえると寺に異変が起こる。
  • 参考文献:『日本の謎と不思議大全 東日本編』 人文社

  • 平安時代末期に真言宗寺院として開基された。のちに荒廃したが1489年に地方豪族・小山成長が曹洞宗の僧を招き再興した。
  • 上杉謙信と北条氏康がこの寺で和睦した。
  • 魚翁撒網形という地勢をしている。「子孫は富貴を求めなくても自然と豊かになれる」という意味のあるパワースポット。
  • 境内には優しく包まれるような気がある。
  • 開放感が漂っている。閉鎖的な心の持ち主は訪れるとよい。
  • 寺の裏の墓地は陰の気が強いのであまり行かない方がよい。
  • 参考文献:『風水パワースポット紀行』 山道帰一 メディア総合研究所

大中寺へ行ってきました

大平町にある大中寺にやってきました。
静かな場所にあるお寺です。
入口のところにあった案内マップを見ると、お寺の周辺にはハイキングコースなんかも整備されているようでした。
大中寺


参道脇には杉並木があります。
木の間から向こう側に墓地が見えます。
あそこらへんが陰の気が強いエリアでしょうか?
陰の気をもらってはマズイのでそそくさと通り過ぎます。
参道
墓地


こちらが山門。
ここらへんから雨が降ってきてしまいました。
山門


こちらは地蔵菩薩像を安置しているお堂。
近づくと自動で中の明かりがつくハイテクなお堂でした。
地蔵堂


地蔵堂から望む本堂。
大中寺


本堂へ続く階段の前になにやら柵が設けられており入ってはいけないような雰囲気。
油坂
「なんだコリャ?」と思って、階段の脇にある立札を読むと次のように書いてありました。
<<油坂>>
ある学僧が燈火欲しさに本堂の燈明の油を盗んで追われ、この階段からころげ落ちたのが因で死んでから、この階段を上下すると禍にあうという。
なんと!
この階段を転げ落ちて死んでしまった人がいるそうな。
怖い!
心霊スポットじゃないですか!
ちなみに本堂へは脇の階段から上がれるようになってました。
脇の階段


こちらが大中寺の本堂になります。
ここで上杉謙信と北条氏康が会談したんですかね。
歴史ロマンあふれるお寺ですね。
もう少しお寺のまわりを散策してみたかったのですが、雨足が強くなってきたので退却しました。
大中寺


最後に本堂前にあった大中寺の由来書の内容を記しておきます。
<<大中寺の由来>>
大中寺は久寿年間(1154年)開創され、はじめ真言宗の寺であったが、荒廃していたのを延徳元年(1489年)快庵妙慶禅師が曹洞宗の寺として再興され今日に至っているものである。上杉謙信がこの寺に縁故のあった関係から、当時焼失していた七堂伽藍(寺のいろいろな建物)を上杉氏が寄進、また上杉、北条の両氏がこの寺で和を結んだことも有名な史実である。
江戸時代、九世柏堂和尚は、徳川家康の新任厚く寺領百石の御朱印を賜ったほか山林の寄進も受け、その後、江戸末期まで、この寺は天下の曹洞宗寺院の管理に当たる3つの寺院(これを関三刹という)の筆頭の寺として天下に号令する地位にあった。
十一世宗演和尚の頃には幕府から曹洞宗天下大僧録に任ぜられ太平山大中禅官寺と号して、江戸品川に天暁院という宿所を置いて事務をとり、宮中に参内して禅師号を賜っていた。
なお、この寺の縁起は、今昔物語、雨月物語などの青頭巾の話として名高く、境内にある七不思議の伝説もまた広く知られているところである。