名称少林山達磨寺(しょうりんざんだるまじ)
住所群馬県高崎市鼻高町296
タイプ
参考リンク少林山達磨寺HP

ご利益

  • 黄檗宗の寺。
  • 穏やかな気がある。
  • 達磨堂や観音堂のそばにいると心と体があたたかくなる。
  • 心身を癒す。
  • 精神安定。
  • 自己再発見。
  • 近くにある慈眼院というお寺にも行ってみるとよい。高さ41.8メートルの高崎白衣大観音がある。慈悲深い心を授かる。
  • 参考文献:『早分かり!日本のパワースポット』 幸運社 大和書房

少林山達磨寺へ行ってきました

高崎市鼻高町にある少林山達磨寺にやってまいりました。
ここを訪れた時は、まだここがパワースポットだという情報は得ていなくて、近くを通りかかったのでチョット寄ってみたという感じですが。
少林山達磨寺


こちらは観音堂。
このお寺で最古の建造物らしいです。
屋根の上に草が生えているのが趣深いですね。
御本尊は十一面観世音菩薩様で、厄除、安産、縁結び、子授けなどのご利益があるそうです。
観音堂


こちらが霊符堂(本堂)です。
御本尊は北辰鎮宅霊符尊だそうな。
あまり聞いたことないですね。
北極星と北斗七星を神格化した星神様だそうですよ。
方位方災除、家相地相除、開運、家内安全、厄除などのご利益があるそうです。
ちなみに毎年正月の6、7日に「だるま市」というお祭りが行われるそうですが、そのお祭りの7日午前2時がもっとも霊験あらたかな時間だそうです。
霊符堂


お堂の脇には達磨さんがゴロゴロ置いてあります。
さすが達磨寺。
達磨ゴロゴロ
小さい達磨も。
小さい達磨
小さい達磨


達磨堂というのもありました。
中には達磨グッズがいっぱい展示されていました。
達磨堂


ところで、「達磨って何?」という人も多いかもしれません。
私も詳しくは知りませんでした。
境内に貼ってあった達磨大師についての説明を以下に記しておきます。
<<達磨大師について>>
達磨大師はインドの香至国の王子として生まれたお方です。
後に出家し、お釈迦様から28代目の教えを継がれて、中国に渡られました。
名利や栄誉に目がくらみ、知識偏重の仏教を重んじていた梁の武帝に、釈迦の説かれた教えは知識を超越したところにあることを示された問答や、少林寺の裏山の洞窟(達磨洞)にこもって9年もの長いあいだ坐禅をし続けられた「面壁九年」などの話は特に有名です。
その教えは慧可禅師に継がれのち日本に伝わり現在では世界中に広まっています。
禅の四聖句「不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏」は達磨大師の教えを端的に表したものです。
禅宗では初祖達磨大師と仰ぎますが、七転八起、面壁九年の不屈の精神は宗派を超え、誰からも親しまれ、慕われ、信仰されています。


ついでに少林山達磨寺の縁起も記しておきます。
<<少林山達磨寺縁起>>
当山には古くから行基菩薩作の観音像が祀られた観音堂があった。延宝8年(1680)一了居士が霊夢の導きに依って当地を訪れ信心を凝らし一刀三礼して達磨像を彫り安置した。
村人達は此処を達磨出現の霊地「少林山」と呼ぶようになった。
当時、領主で在った酒井雅楽頭忠挙公が領地巡見の際に、その霊勝を知り此処を訪れ厩橋(前橋)城から見て南西(裏鬼門)方位の当地に裏鬼門除けのために寺院建立を発願した。
酒井公は徳川光圀公(水戸黄門)に相談し光圀公の佛教の師で中国からの渡来僧・心越禅師(号東皐)を開山として招き、元禄10年(1697)曹洞宗寿昌派「少林山達磨寺」が開創した。
心越禅師は裏鬼門除けのため中国から北極星信仰の七十二符を寺に伝え本堂には北極星と北斗七星を合わせ神格化した北辰鎮宅霊符尊を祀り方位・方災除けの祈祷道場とした。
享保11年水戸家から「三つ葉葵の紋所」と「丸に水の徽章」を賜り水戸徳川家永世の祈願所と成った。
後の天明3年(1783)には浅間山が大噴火し降灰の災害により『天明の大飢饉』が起こった。
当時9代目東嶽和尚は農家の窮状を見かねて心越禅師が描いた「一筆書き達磨像」を元に木型を彫りそれに紙を貼り乾いたら木型を抜く「張子だるま」の製法を豊岡村・山縣朋五郎に伝授し霊符尊が降臨する正月縁日の七草大祭で売られ『縁起だるま』と『だるま市』の始まりとなる。
明治時代に入り隠元禅師を中興開山とした黄檗宗に転派し少林山達磨寺として現在に至る。