名称八幡の藪知らず
住所千葉県市川市
タイプ
参考リンク

ご利益

  • 入ると2度と出れないとされる。あらかじめ神社に参拝しておけば大丈夫という話もある。
  • 竹藪を切り開こうとした者たちが次々と変死した、水戸黄門が迷い込んだが妖怪の長老に許されて無事出れた、などの話がある。
  • 拍子抜けするスポット。
  • 参考文献:『ホラースポット探訪ナビ』 吉田悠軌 学研パブリッシング

  • 入ったら死ぬ。
  • 平将門を討った平貞盛(さだもり)が陣を構えた場所。成仏できない将門の怨念が残って祟りをなしている。
  • 水戸黄門がこの藪の中に入った。無事に出てきたが、「この地に足を踏み入れてはならぬ」と理由を一切語らずに家臣に厳命した。
  • 参考文献:『日本魔界探検』 火坂雅志 廣済堂出版

  • 入ると二度と出てこられないと畏れられている。
  • わずか20平方メートルほどの広さ。
  • 入口には「不知森(しらずもり)神社」がある。
  • 平将門と対峙していた平貞盛が死門を敷いていたという伝説がある。
  • 平将門の家臣6人が将門の首を守り続け泥人形になったという伝説がある。
  • 参考文献:『日本の聖地99の謎』 歴史ミステリー研究会編 彩図社

  • 数々の怪伝説があり、みだりに足を踏み入れると出てこられなくなったり祟りで死ぬという噂があるスポット。
  • やや左寄り中央の樹木が少なくなったあたりに異界に通じる穴の名残がある。昔はもっとパワーがあったらしいが廃れた。
  • 参考文献:『闇の検証 第四巻』 「HONKOWA」編集部編 朝日新聞出版

八幡の藪知らずに行ってきました

千葉県市川市にある「八幡の藪知らず」へ行ってきました。
写真は近くの歩道橋より撮影したものです。
この藪は一体何なのか謎らしいですが、昔から入ると祟があるとか言われているんだとか。
パワースポットというよりはミステリースポットといった方がよさそうです。
八幡の藪知らず



道路側の屏の窪んだ部分に鳥居があり小さな社が設けてありました。
塀の中は鬱蒼とした竹薮です。
なんとも不思議な空間です。
八幡の藪知らず
八幡の藪知らず
八幡の藪知らず



竹薮に入れる入口はないのかな~と思って周りを少し歩いてみましたが、民家や駐輪場に囲まれていて入口らしきものはありませんでした。
屏のところから無理やり入ろうと思えば入れそうですけど、人通りもけっこうありますし、祟られたら怖いですからね、やめておいた方がいいでしょう。
八幡の藪知らず


塀のすみの方に説明板があり次のように書いてありました。
<<不知八幡森>>
江戸時代に書かれた地誌や紀行文の多くが、八幡では「藪知らず」のことを載せています。そして「この藪余り大きからず。高からず。然れども鬱蒼としてその中見え透かず。」とか、「藪竹・漆の樹・松・杉・柏・栗の樹などさまざまな雑樹生じ・・・・」などと書かれたりしていますが、一様にこの藪知らずは入ってはならない所、一度入ったら出てこられない所、入れば必ず祟があると恐れられた所として記載され、「諸国に聞こえて名高き所なり」と言われて全国的に知られていました。
入っていけない理由については、
◆最初に八幡宮を勧請した旧地である。
◆日本武尊が陣所とされた跡である。
◆貴人の古墳の跡である。
◆平将門平定のおり、平貞盛が八門遁甲の陣を敷き、死門の一角を残したので、この地に入ると必ず祟がある。
◆平将門の家臣6人が、この地で泥人形になった。
と、いろいろ言われてきました。
中でも万治年間(1658~61)、水戸黄門(徳川光圀)が藪に入り神の怒りに触れたという話が、後には錦絵となって広まりました。
「藪知らず」に立ち入ってはならないという本当の理由が忘れ去られたため、いろいろと取り沙汰されてきたものではないでしょうか。
またその理由のひとつとして、「藪知らず」が、「放生池(ほうじょういけ)」の跡地であったからではないかとも考えられます。
古代から八幡宮の行事に「放生会(ほうじょうえ)」があり、放生会には生きた魚を放すため、池や森が必要で、その場所を放生池と呼びました。藪知らずの中央が凹んでいることからすると、これは放生池の跡であるという可能性が十分に考えられます。
市川市周辺地域は中世には千葉氏の支配下にありましたが、千葉氏の内紛で荒廃し、八幡宮の放生会の行事が途絶えてしまい、放生池には「入ってならぬ」ということのみが伝えられてきたことから、以上のような話が作られていったものと思われます。「不知八幡森(しらずやわたのもり)」の碑は安政4年(1857)春、江戸の伊勢屋宇兵衛が建てたものです。
放生池のあった場所というのが有力そうですが、はっきりしたことは不明のようです。