名称白峯神宮(しらみねじんぐう)
住所京都府京都市上京区今出川通堀川東入ル飛鳥井町261
タイプ神社
参考リンク白峯神宮HP

ご利益

  • 崇徳上皇を祀る。保元の乱で敗れ讃岐に配流。
  • 淳仁天皇を祀る。藤原仲麻呂の乱に連座して退位、淡路に配流。
  • 地主社に精大明神を祀る。けまりの神。スポーツの守護神。「闘魂守」がある。
  • 積善院(左京区聖護院中町)に「崇徳院地蔵」がある。崇徳院の慰霊のためにつくられた。「すとくいん」が「ひとくい」に聞き間違われ通称「人喰い地蔵」。無病息災。
  • 参考文献:『怨霊神社―怨霊を鎮めた伝説の神社・仏閣』 日本怨霊研究会 竹書房

  • 以下、崇徳上皇の祟り。
  • 長寛2年(1164)、崇徳上皇、46歳で息絶える。死の直前、「日本国の大魔縁となりて、皇を取って民となし、民を皇となさん」と呪う。讃岐国松山の西ノ庄村に野沢井という泉がある。崇徳上皇の死後、しばらく遺体を浸していたとされる。のち薬水に。
  • 崇徳天皇の遺体移送中、棺を置いた石が血で真っ赤に濡れる。この石は高家神社に奉納されたという。
  • 白峰山で崇徳上皇の遺体を焼いた時、その煙は都の方へ流れていった。
  • 鹿ケ谷の陰謀発覚。
  • 延暦寺僧兵強訴。
  • 天然痘流行。
  • 建礼門院徳子、体調崩す。
  • 平清盛、クーデターを起す。後白河法皇幽閉。平氏政権樹立。
  • 平清盛、異常な熱病で死亡。
  • 後白河法皇、死の直前まで崇徳の怨霊に悩まされる。
  • 参考文献:『「神社」で読み解く日本史の謎』 河合敦 PHP研究所

  • 明治天皇が崇徳天皇と淳徳天皇を御霊としてこの神社に祀ったのは、明治新政府が祟られないようにするため。
  • 参考文献:『図説 日本呪術全書』 豊島泰国 原書房

  • 明治元年に明治天皇の命で讃岐白峰から崇徳院の霊を呼び寄せ祀った。長年に渡り天皇家を祟り続けている崇徳院の霊に官軍の行動が邪魔されるのを防ぐため。
  • 門前に「皇族下馬下乗」という札がある。
  • 参考文献:『日本魔界探検』 火坂雅志 廣済堂出版

  • 毎年7月7日に蹴鞠(けまり)神事が奉納される。
  • 境内には3つの社があり、そのうちの1つに蹴鞠の神様である精大明神(せいだいみょうじん)が祀られている。
  • この土地は蹴鞠道の家元である飛鳥井家のもので、飛鳥井家が代々崇めていたのが精大明神だった。
  • 多くのスポーツ選手が上達祈願に訪れる。
  • 参考文献:『日本の聖地99の謎』 歴史ミステリー研究会編 彩図社

  • 蹴鞠道の神様が祀られている。
  • サッカー関係者に人気の神社。
  • 仕事運、健康運、勝負運などのご利益がある。
  • 蹴鞠の碑にはまっている玉を回すとご利益がある。
  • 参考文献:『島田秀平と行く! 全国開運パワースポットガイド決定版!!』 島田秀平 講談社

白峯神宮へ行ってきました

上京区にある白峯神宮にやってまいりました。
本に書いてあった通り門前に「皇族 下馬下乗」と書いた立札がありました。
天皇家に祟りをなしたという崇徳天皇に気をつかってるんでしょうかね?
白峯神宮


舞殿があって、その前に木が植えられていました。
これは紫宸殿の「左近の桜・右近の橘」に倣ったものだそうです。
これも崇徳天皇に気をつかってるんでしょうかね?
白峯神宮


境内のかたすみにオガタマノキというのがありました。
樹齢800年だそうです。
むかし、この地は蹴鞠と和歌の家元だった飛鳥井家の邸宅があったそうですが、その頃に植えられたものらしいですよ。
小賀玉


蹴鞠の碑を発見。
玉が1つはまっています。
私のリサーチによると、この玉を回してやるとご利益があるのだとか。
たしかにクルクル回すことができました。
蹴鞠の碑


こちらは末社の地主社。
もとは飛鳥井家の邸内社として祀られていたそうです。
御祭神は蹴鞠の神・精大明神(せいだいみょうじん)で、スポーツ上達・芸能上達などのご利益があるそうです。
鳥羽天皇の御代に藤原成通(なりみち)という蹴鞠の名人がいて、千日間鞠をけり続ける願掛けをして成就したときに出現したのが精大明神なんだとか。
神前にはボールがいっぱい供えられていました。
このお社には他にも柊大明神、糸元大明神、白峯天神、今宮大神も合祀されているそうです。
地主社


崇徳天皇欽仰之碑がありました。
崇徳天皇欽仰之碑


伴緒社(とものをしゃ)というのもありました。
こちらには保元の乱の際に崇徳天皇方に馳せ参じた源為義・為朝親子を祀ってあるそうです。
伴緒社


神宮に参拝。
こちらにも色んなスポーツのボールが供えられていました。
スポーツに関するお願い事が書かれた絵馬もたくさん奉納されています。
御祭神の崇徳・淳仁天皇は本来スポーツにあまり関係ないんじゃないかと思いますけど・・。
白峯神宮


境内の奥の方に潜龍社というのもありました。
潜龍大神(白峯大龍王命・紫峯大龍王命・紅峯姫龍王命)を祀っているそうです。
昭和30年の御火焚祭斎行中に火炎の中より出現せられた龍神様を祀るために御宮を創建したとか書いてありました。
悪縁切り、良縁、病気平癒、事業隆昌などのご利益があるとか。
手水のとこの龍神像がかわいかったです。
潜龍社


こちら鞠庭です。
ここで蹴鞠をするんですね。
鞠庭


最後に由来書の内容を記しておきましょう。
<<御由緒>>

御祭神
崇徳天皇
淳仁天皇

末社
地主社
伴緒社
潜龍社

沿革
明治天皇御即位の年(明治元年)御父孝明天皇の思召を以って崇徳天皇次いで明治6年淳仁天皇の御遺訓と御聖徳をあがめられ当神宮を創建されたのであります。
人倫の根元に鑑み崇徳天皇は敬神崇祖の大範夫婦の正道をただされ自ら和歌をよくし武道を奨励され淳仁天皇は官制を改革して租税を軽減し各国に倉を建設して米穀を貯蔵し窮民を賑恤され修身斉家の御遺訓を垂示されたのであります。
尚お社としては元官幣大社で而も神宮に列せられる最高至貴の御社格であります。
以上。
この由緒だけ読むとなんか崇徳天皇も淳仁天皇もめちゃくちゃ立派な人で、だから祀られたみたいに思えますね。
でも崇徳天皇の祟りなどの話を聞くと、この由緒は崇徳天皇の怒りを必死でなだめようとしているように思えて少し笑えます。
白峯神宮、表向きはスポーツご利益神社という感じでしたが、「由来書」「下馬下乗の立札」「左近の桜・右近の橘」などに悲運の天皇様への気遣いを感じました。