名称愛宕神社(あたごじんじゃ)
住所京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
タイプ神社
参考リンク愛宕神社HP

ご利益

  • 地元には子供が生まれると千日以内に一度お参りするという信仰がある。
  • 明智光秀が義挙である本能寺の変の決起集会(連歌会)を行った場でありパワーがあふれる。
  • 参考文献:『真説・歴史紀行 日本のパワースポットを往く』 宮崎正弘 海竜社

  • 和気清麻呂が創建。
  • イノシシが神使。
  • 参考文献:『ムー』458号 学研

  • 一条戻橋で渡辺綱を襲った鬼が愛宕山に飛び去った。
  • 近衛天皇、愛宕の天狗象の目に釘を打ち込むという方法で呪詛される。犯人は藤原頼長とされたが、頼長は自らの日記で弁明。
  • むかし三鬼王(日羅、善界、栄術(太郎坊))が人民を悩ませていた。701年、役小角と泰澄がこれを退治し愛宕の山が開かれた。石窟の中に出現した勝軍地蔵が愛宕の本尊になった。
  • 織田信忠は愛宕を信仰していた。
  • 参考文献:『第六天魔王と信長』 藤巻一保 悠飛社

  • 天門。
  • 役行者が愛宕山を開山。弟子泰澄と中腹に愛宕神社の神廟を造立。
  • 大天狗太郎坊がいる。火を操る。治承元年(1177)都に大火災を起した。武芸。火伏せ・防火。
  • 本殿にイザナミノ神、若宮にカグツチノ神、奥宮にオオクニヌシノ神を祀る。
  • 道中、火燧権現跡(ひうちごんげんあと)、大杉大神にも寄るとよい。
  • 以下、愛宕山七不思議。
  • 不浄な人は参拝不可。強引に登ると腹痛。
  • 幼児(3歳まで)を背負って参拝すると、その子は一生火難無し。
  • 試みの坂を愛宕山に登る前に越えておけば無事参拝できる。
  • 金灯籠の猪の彫刻を舐めると足の疲れが癒える。
  • 月輪寺の時雨桜は涙するように咲く。
  • 愛宕社へちまきを奉納すると歯型がつく。
  • 山中に空也上人が修行した滝がある。草木一本持ち帰り禁止。
  • 参考文献:『眠れないほど面白い日本の「聖地」』 並木伸一郎 三笠書房

  • 創建は、一説によれば、大宝年間、役小角が泰澄とともに山嶺を切り開き廟を造立したのが始まり。
  • 本社に伊弉冉尊、埴山姫命、天熊人命、稚産霊神、豊受姫命を祀る。
  • 若宮に雷神、迦遇槌命、破无神を祀る。
  • 雷や火災から守ってくれる。
  • 7月31日の夜から翌朝にかけて登拝すると、千日間御利益があるとされる。
  • 参考文献:『神社と神々―知れば知るほど』 井上順孝監修 実業之日本社

  • 迦偶槌命(かぐつちのみこと)などが祭神として祀られている。
  • 天応元年(761)、和気清麻呂(わけのきよまろ)と慶俊僧都(けいしゅんそうず)が京の鷹ヶ峰(たかがみね)にあった阿多古社を遷座したのが始まりとされる。
  • 中世に愛宕権現の本地仏として勝軍地蔵を祀る白雲寺が建立された。廃仏毀釈で廃絶。
  • 愛宕山には愛宕太郎坊という日本一の大天狗が棲息しているとされる。役行者が大宝元年(701)に愛宕山に来た際、太郎坊が現れたという伝説がある。太郎坊は空海の直弟子真済(しんぜい)だという話もある。
  • 久寿2年(1155)、悪左府頼長が愛宕山の天狗像の目に釘を打ちつけ近衛天皇に呪いをかけた。
  • 参考文献:『図説 日本呪術全書』 豊島泰国 原書房

  • 愛宕山(標高924メートル)の頂上まで登るには山頂まで続く石段を、片道2時間かけて歩くしか方法がない。
  • 近世の頃までは山全体を「白雲寺」と総称し、修験道の行場だった。神社になったのは明治の神仏分離令以後。
  • 白雲寺だった頃には愛宕神社本殿には将軍地蔵が本尊として祀られていた。神仏分離令で祀り神をイザナミやワクムスビに変えられた。将軍地蔵は西京区にある金蔵寺で見ることができる。
  • 701年、役行者が雲遍上人とともに愛宕山に登った。山中の清滝あたりで太郎坊という天狗に遭遇した。天狗曰く「二千余年前、仏の言いつけで大魔王となり、この山に住み、衆生の利益のために山を守護している者だ」。太郎坊は火伏せの神、防火の神として庶民から篤く信仰された。
  • 参考文献:『日本魔界ゾーン―京都・鎌倉』 吉田憲右著、三木孝祐監修 泉書房

  • 愛宕山の山頂にある。全国の愛宕神社の総本社。
  • 火難除けのご利益が絶大。
  • イライラを解消してくれる。特に女性のヒステリックな情念を鎮めてくれる。感情の起伏が激しい人などは訪れるとよい。
  • 他人から恨みを受けた場合の厄払いにもよい。
  • 参考文献:『幸せを呼び込むパワースポット』 暁玲華 集英社