名称伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
住所京都市伏見区深草薮之内町68
タイプ神社
参考リンク伏見稲荷大社HP

ご利益

  • 稲荷神社の狐は御祭神である農耕神・宇迦之御魂神のお使い。狐像のもつ鎌は稲を刈るため、錠前は米倉を守るための道具。
  • 以下、狐が宇迦之御魂神のお使いとさるようになった諸説。
  • 宇迦之御魂神の異名「御饌津神(みけつかみ)」をアテ字で「御狐神」と書いたから。
  • 稲穂と狐の尾が似てるから。
  • 宇迦之御魂神が山から降りてくる季節(春)に狐が人里を徘徊するから。
  • 参考文献:『開運! パワースポット「神社」へ行こう』 一条真也監修、造事務所編著 PHP研究所

  • お稲荷様は見返りを求める。お礼参りをしないと元の状態に戻す。
  • 参考文献:『パワースポットには行くな! 本当はやってはいけないスピリチュアル』 はやぶさゆか ぴあ

  • 体の中のエネルギー詰まり解消。
  • 眼力社(がんりきしゃ)がある。眼病。先見の明。一ノ峰に向うためのお清め。
  • 伏見神宝神社(ふしみかんだからじんじゃ)の方から頂上に行けるルートもある。
  • どんな願いでも叶える。自己責任。叶ったらお礼参りすべし。
  • 一ノ峰まで行くと願い強化。
  • 狐は宇宙人。
  • 参考文献:『パワースポットの歩き方 スペシャリストに聞く聖地のヒミツ』 伊藤三巳華ほか 朝日新聞出版

  • 供物社(くもつしゃ)で願い事をするとよい。その後は願い事を忘れて気楽に神域を歩くとよい。神社では願い事は控え素直に気を浴びた方がよい。
  • 稲荷山に登るとよい。自然と自分との垣根がはずれる。視野が広がる。生命力アップ。
  • 参考文献:『「カルラ舞う!」式開運巡礼』 永久保貴一著、ほしの監修 秋田書店

  • 外国人観光客に大人気。
  • 江戸時代まで稲荷山は幕府の直轄地で、松茸が多くとれたことから原則禁足地。明治以後、庶民が稲荷山に入るようになり鳥居やお塚が激増。
  • 秦伊呂巨(はたのいろこ)が餅を弓の的にしようとしたら、白鳥になって飛び去り、山の峰におり、そこに稲が生じた。その山に祠をつくり「伊奈利(いなり)」と名付けた。これが伏見稲荷大社の由来。
  • 『類聚国史』によると、淳仁天皇が東寺の塔建立のため大社の木を伐採させ病気に。
  • 応仁の乱の際、東軍の武将・骨皮道賢(ほねかわどうけん)が稲荷山を陣地にした。応仁2年(1468)、西軍が攻め込んできた。『碧山日録』によると、この直前、大きな傘のような形をした物体が光を放ちながら南から北へ飛び去った。人々は稲荷神が戦災を避けたのだと噂した。
  • 豊臣秀吉が母・大政所の延命を祈願し病回復。願いが叶ったら米1万石を奉納すると誓っていたが、あとで半分に削った。
  • 豊臣秀吉は豪姫が病になった際、これを狐の憑物のせいだとして、伏見稲荷大社を脅迫した。
  • 参考文献:『「神社」で読み解く日本史の謎』 河合敦 PHP研究所

  • 「千本鳥居」がある。1万本以上ある。朱色は神聖な色、魔除けのシンボル。邪気を払う。
  • スズメとウズラの丸焼きを食べるとよい。
  • 「おもかる石」がある。願い事をして石を持ち上げ、重いと感じたら願いは叶わず、軽いと感じたら叶うと言われている。
  • 根上がり松「膝松さん」がある。根元をくぐると足腰の病等が治ると言われている。
  • 参考文献:『全国・最強ご利益パワースポット巡り』 金谷俊一郎 宝島社

  • 御祭神は、稲荷五社大明神(宇迦之御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神)。
  • 五穀豊穣。京においては、西北の愛宕山付近で雷が発生し、東南の稲荷山へ抜けることが多い。稲妻をたくさん受けるので、稲の成る神と考えられた。
  • 都の鎮護神、熊野御幸の道中守護神として朝廷から尊崇された。
  • 平安時代から初午(はつうま)の風習があった。初午には杉の枝を供える習わしがある。験(しるし)の杉という。
  • 千本鳥居の起源は意外に新しい。19世紀、稲荷山中のお塚で民間習俗の「狐下げ」(狐つきの病気祓い)が盛んになり、信者による鳥居建納が始まった。
  • 参考文献:『神社と神々―知れば知るほど』 井上順孝監修 実業之日本社

  • 狐=黄色=土気。
  • 稲荷神社の赤い鳥居や幟(のぼり)などは火気。火生土の理によるもの。
  • 油揚げは同色(黄色)なので狐を助ける。
  • 二月初午(はつうま)の祭日の日取りは、二月=木気、午=火気で、木生火・火生土の理による。
  • 参考文献:『陰陽五行と日本の民俗』 吉野裕子 人文書院

  • イナリ神の正体はイエス・キリスト。
  • 伏見稲荷の狐がくわえている鍵は、イエスがペトロを通じて与えた天国の鍵。
  • 稲荷山はゴルゴダの丘に見立てられた山。
  • 参考文献:『神社仏閣に隠された日本史の謎と闇』 中見利男 宝島社

  • 全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮。
  • 御祭神は、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)、佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)。以上5神を総称して稲荷大神と呼ぶ。
  • 商売繁盛、学業成就、家内安全、交通安全、厄除け、病気平癒。
  • 参考文献:『全国パワースポットPERFECT BOOK』 イースト・プレス

  • 本殿背後に稲荷山がある。高さ約233メートル。誰でも入れる。
  • 稲荷山には3つの峯がある。それぞれの峯には磐座(いわくら)が存在する。
  • 宇迦之御魂(うかのみたま)大神の眷属は鍵と杉の葉をくわえた巳神として描かれる。
  • 稲荷山と三輪山(奈良)は、前者は庶民的・近世的、後者は厳かで古代的と対照的な雰囲気をもつ。しかし、3つの磐座、御神木・滝の存在、巳神など、稲荷山と三輪山には多くの共通点がある。稲荷山は民間信仰の場として開かれたが、三輪山は固く封印されてきたため、対照的な雰囲気をもつようになった。
  • おびただしい数のお塚は明治時代以降に建てられたもの。お塚の数は、明治35年の時点で633基だったが、現在は1万基を超えるといわれる。
  • もともと神社側は人々が勝手にお塚をつくるのを認めていなかった。神官がお塚を破壊してまわることもあった。昭和37年(1962)より許可制になった。
  • 参考文献:『聖地にはこんなに秘密がある』 島田裕巳 講談社

  • 全国に3~4万社あるといわれる稲荷神社のトップ。
  • 本殿の背後に広がる稲荷山が御神体。山を歩きながら参拝することを「お山する」という。山には「お塚」と呼ばれる小さな祠がたくさんあり、それぞれに信者がいる。
  • 稲荷山への入口に千本鳥居がある。この鳥居は全国の信者から次々と奉納され、また古いものは撤去され、常に本数が変化している。もともとは大鳥居が1本あっただけだが、江戸時代後半から現在の姿のようになった。
  • 参考文献:『日本の聖地99の謎』 歴史ミステリー研究会編 彩図社

伏見稲荷大社へ行ってきました

全国にある稲荷神社のトップに君臨する伏見稲荷大社にやってまいりました。
朱塗りの立派な楼門が迎えてくれました。
楼門


なかなかりりしいお顔をした狐さんの像。
最近、家の近くに本物の狐が出現しまして、夜に田んぼの中とかを徘徊しているのを何回も目撃しております。
狐に後をつけられたこともあります。
散歩していて後ろを振り向いたら狐がおりましてビックリしました。
そんなこともあって、狐にはけっこう親しみを持っている今日この頃です。
狐像


とりあえず本殿に参拝。
本殿


参拝後、神社の後ろにそびえる稲荷山に登ってみることに。
千本鳥居をくぐっていきます。
ズラーっと続く鳥居は見事です。
伏見稲荷大社といったらやっぱりこれですね。
千本鳥居


奥社奉拝所にあった狐の顔の絵馬。
皆さん個性的な絵を描いて奉納されております。
絵馬


猫に遭遇。
来てみて分かりましたが、実はこの稲荷山、猫がいっぱい生息しています。
山の中で何匹もの猫に会いました。
稲荷山は猫山でもあったのですね。
猫


鳥居の道がどこまでも続きます。
鳥居ロード
鳥居奉納の案内看板がありました。
一番安いのでも20万近くします。
ちょっと無理かな・・。
鳥居の料金表
小さい鳥居ならけっこうリーズナブル。
ミニ鳥居


どうですか、この躍動感あふれる狐の像。
狐


山頂到着。
山頂


山の中には大小様々な塚が建ってます。
ちょっとスゴイです、これは。
でも、本には、これらの塚は明治以降に建てられたものだとか書いてありました。
短期間でよくこれだけの塚を建てたものだなと思います。
塚


いや~、稲荷山参拝はなかなか面白かったです。
山中で突然、呪文を唱えはじめたりする方がいたりして、なんとも言えない独特の空間でした。
無料で誰でも入山できるので、伏見稲荷大社を訪れた際は是非お山参りしてみましょう。

最後に神社の由来を記しておきます。
<<伏見稲荷大社>>
全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本宮で、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を主神とし、佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)を祀る。
奈良時代の和銅4年(711)に秦氏が稲荷山上に創祀し、後にこの地に社殿が造営されたという。仁寿2年(852)の祈雨奉幣以来、朝廷から度々、勅使が遣わされ、五穀豊穣、家業繁栄の神として庶民の深い信仰を集めた。
古くから山全体が信仰の対象とされる稲荷山には、清少納言も詣でたことが「枕草子」に記されており、願い事が「通る」という意味から、多数の朱の鳥居が奉納され、今日に至っている。
応仁の乱で焼失した本殿は、明応8年(1499)に再建された後、幾度かの修造を重ね、現在は重要文化財に指定されている。また、御茶屋は後水尾院から拝領し、当社に移建された御所の御殿で、これも重要文化財となっている。楼門は、豊臣秀吉が母の病気平癒祈願が成就したため寄進したものである。
現在は特に商売繁盛の神として信仰を集め、正月には多くの人々が初詣に訪れるほか、2月の初午祭、5月3日の稲荷祭、11月8日の火焚祭も多くの参詣者でにぎわう。